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2012/05/11(Fri) 09:25
ごたごた続き・・・
Lulu&TAKASE
そう言う年齢なので仕方ないのでしょうが・・・ 夫のお父さんの事でバタバタしています。
今週末までショートステイで預かってもらっているのですが「食事を食べない」と言う連絡があり義兄嫁さんから相談の電話がありました。食事を食べないからと言って我が家にどうにもできるわけもなく、医者に相談するように言うしかないです。で、どうやら施設の方との意思疎通と言うか説明を義姉が理解できていなかっただけのようでした(涙)
その後、また昨日のお昼時に甥っ子から「叔父さんに電話しているけど通じない」と電話・・・
ウチの夫は会社にいるときは携帯は電源を切ってあります。 なので、通じないんだろうケド・・・ とりあえず、私がメールを入れておくとすぐに夫から電話が。
最近は実家からの電話(勤務中にも拘らずしょっちゅうです)の可能性があるので電源は入れてあるけれど、すぐに出られない状況だっただけとの事。(そこで、すぐにウチに掛けて来たのだけど) 義父の熱が38度もあるけどどうしよう、と言う内容だったのですが、施設の人が困って義姉に相談して、それをどうしていいかわからないからウチの夫に相談、と言う形みたいですが
結局の所、掛かり付けのお医者さんがいるので、往診を頼むように言ったとの事。(往診が頼めるようになった事は1週間以上前に義姉も確認済みです) ・・・お願いだから、それくらいの判断、自分でやってよ、と言う感じです。
夕方、夫から電話がありました。「熱は下がって普通に食事もできるようになったみたいだ」と。
・・・・・・ごめんなさい、もういい加減にして、って感じです。
義兄嫁さん、もう年金を貰ってる年です。20代で夫に先立たれ、以後ずっと義父母が家の事をやってきたので何もできない人だとは聞いていたし、私も実際に、自分より15歳も年上とは思えない世間知らずだとは思っていたけれど・・・・
この調子で ずっとやっていくのでしょうか? 一から十までウチの夫が面倒を見ろと?
確かに義兄がいないので実子はウチの夫と姉のみですが・・・ ゴメンナサイ、義父までは面倒を見れてもこの義兄嫁さんと甥っ子の面倒まではカンベンしてほしいです。
でも、正直、こんな状態でも義父がいなくなったら義兄嫁はさらに何もできないでしょう・・・・・・
何かというと「どうしよう」・・・ そりゃ、確かに義兄嫁にとっては45年も一緒にいたと言っても舅は他人なんでしょう。でも、少なくとも45年一緒にいる兄嫁の方が、26歳で結婚して家を出たウチの夫よりもはるかに、わかっているはずなのに。
ウチの息子は家を出て1年ですが、それでももう「よその人」の感覚です。GWもない、土曜日も毎週出勤だと言っていた息子に、たとえば自分が入院したとしても「どうしよう」と言う相談はしないと思います。もちろん状況説明はするでしょうが、息子の判断を仰がねばならないほどの事はないと思うのです。
幸か不幸か、私はここ数年 ひきこもり状態で滅多に遠出もしていませんが、それでもずっと家にいなくちゃいけないような状況です(私の携帯番号は教えてません)
正直ぶっちゃけた話、義兄嫁さんは、義父はもう それほど長くないと思っているようです。
夫は何度か見舞いに行って「ちょっとボケが始まっている程度」と言う認識。私は、なんとも言えないな、と思うのですが、娘は前回お見舞いに行った時、手を強く握り返した感触から「私が結婚するまでは・・・」(大丈夫そう)と言う感じだったようです。
総合して、私もこれからの自宅介護のための準備が必要だろうな、と言う認識です。なので息子にも特に連絡していません。
この自宅介護が長くなると、もしかしたら私も手伝わなくてはいけないのかも、と思ったりもしていますが
正直「長男の嫁」の役割だろうと思っています。確かに義兄は30そこそこで亡くなって義姉は大変だっただろうけれど、今までの生活は全て義両親が見てきました。農地しかないけれど資産のほとんどは義兄名義になっていたのでそれらは全部、義兄嫁さんが持っています。
田んぼなんて売っても二束三文らしいのですが、それでも何らかのタシにはなるでしょう。
とは言っても、自分が兄嫁さんの立場だったら、夫が死んだ時点で子供を連れて家を出ているでしょうね、それをしなかった兄嫁さんには感謝すべきなのでしょうが・・・・・・
なんだかんだと言って、ややこしくなりそうです。
自分の健康、子供の将来、そして親の老後・・・ そう言う年齢だとは思ってはいてもいざとなると本当に大変です。
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2012/05/07(Mon) 10:27
やっと終わった・・・
Lulu&TAKASE
GW長いですね・・・
今年は夫の父親が調子が悪く、夫の家から何度も連絡がありました。
元々兄嫁さんも甥っ子も頼りにならない人たちでは歩けれど、その頼りなさと言うか、話が通じない度合いがあまりにひどい。
その上にウチの夫もKY・・・ お兄さんはもういないにしても、実家の近くにお姉さんが住んでいます。
この人ともっと連携して、この先、どうするかとか色々相談するべきなのでは? と私と娘とで夫を責め立ててしまいました。
でも、本当に昔から「あんた、自分の親でしょ!!」って怒鳴りたくなるくらい冷たいと言うか無関心なんです。
私自身が女ばかりのきょうだいなので、何かあるとすぐにお互いに連絡を取り合っているせいもあるのでしょうが、世間一般の男性なんてそんなものなのでしょうかね?
とにかく、色々、大変でイライラさせらる9日間でした。
GW何もなかったかと言えば、実は中学の同窓会がありました。
そこで意外な事がありました。
私は小学生の時は超おとなしい子で中学生の時もマジメでネクラで人見知りな子供でした。
中学は他の小学校の子が私の出身の中学の2・5倍ほどだったので、そもそも知らない人の方が多いし、その上で人付き合いも良くない暗い子だったので正直、行ってもつまらないかな、と。
ただ、仲の良い友人が、行こうと誘ってくれたので、まあ、最悪、彼女にへばりついていれば良いや、と言うくらいで出かけました。
会場についてすぐに目に入ったのが小学校時代の同級生の男子3名。
あ、とりあえず知った顔がいた! とホッとして彼らとしゃべっていました。
その横に変なおっちゃんがいましたが、あまりお近づきになりたくないタイプだったので知らん顔。
そしたら小学校時代も中3も同じだった男の子に「こいつ、わかる? 中3の時同じクラスだったんだよ」と。
私は中三の同じクラスだったら覚えているだろうと思っていたんですが、どうしても思い出せず・・・
「ごめん、だれだっけ?」と「ヒドイナァ。ボクはTAKASEさん、すぐにわかったのに」と。
「え? 私がTAKASEだってわかるの?」と言うと「全然変わっていないジャン」と。
う〜ん、確かに変わっていないと言えば変わっていないかも。
ワタシ的には、最近またメッチャ太ってしまって ものすご〜〜く悩んでいたんだけど(笑)
一緒に行った私の友人は、私の目から見ても本当に全然変わらず美人でカワイイです。彼女なんて会場に着いた途端にみんなに「○○さん、変わっていない〜〜!」と言われ続けていました。
まあ、言ってみれば昔から彼女の引き立て役で存在を知られていない私。でも記憶力が良いので、同じクラスになっていない子でも「私のほうは」知っている、つもりでした。
ところが、驚いたことに、その後も「TAKASEさんでしょ、●●屋さんの・・・」とやたら声を掛けられ、その度に「ゴメン、誰だっけ?」と平身低頭で謝るハメに・・・
「ゴメンね、覚えててくれたんだね」って私が言うと「昔、おうちに遊びに行かせて貰ったよ」と4〜5人の女の子に言われました。
まさに しょえええ〜〜〜〜!!!って驚きました。
私、人付き合いが超苦手なんです。
今の場所に住んで25年になりますが、子供が小さいうちはよくお友だちの所へ遊びに行かせてもらったりしたけど、私自身が、今で言うママ友を家の中に招き入れた事はほとんどありません・・・・・・
なのに、なぜか別の小学校だった女の子達に「家に遊びに行った」と言われ・・・ 同じ小学校だった女の子でもほとんど交流がなかったと思っていた子からも「よく遊びに行かせて貰った」と。
う〜〜〜〜ん・・・ オカシイ・・・ 本当に全くと言っていいくらい記憶にない・・・・・・
その後、同じクラスのテーブルから組み換えで別のグループになったとき、本当に全く知らない顔ばかりのグループになってしまったのですが、名前を聞いたらなぜか、様々なエピソードが(人様の噂話からの知識)湧いてきて
一人の男の子は全く本当に一度も同じクラスになった事がなかったのですが、彼が「剣道部だった」と言った瞬間に、中学1年の時、同じクラスの男の子が剣道部で、その彼の友人だった事を思い出し、その彼とその男の子のエピソードにまで発展して驚かれました(笑)
イヤ〜、そう言う記憶は「突出している」と言われました。
ゴメン、S君、君のナイショの失恋話も、相手の女の子の友人の友人からの又聞きで知ってるんだよ〜、と心の中で思っていたり。
(ここはオトナの対応でつっこまないですみましたが)
3年間一緒だった女の子にはついウッカリ、彼女の昔の彼氏の話を出しちゃいましたが、あまりイヤな思い出ではなかったみたいで助かりました。でも、彼女はちょっと不良っぽい子で、私の方は超マジメっ子だったので、その私に彼の事を話していたことに驚いたみたいです。
きっと、他の人にサラッと言った事を私が漏れ聞いていたんでしょう。ゴメンね、記憶力良くて(笑)
そんなこんなで、実に6時間ほど、楽しく過ごす事ができました。
別のテーブルにいた小学校時代の仲良しがあとでやって来て「TAKAちゃん、どこへ行っても楽しそうにしゃべってるんだもん。私なんて知らない顔ばかりの中に混じっちゃって気まずかったよ〜」と昔も今も交流が広いくせに言ってました。
私だって困ってたりしたのよ〜、特に担任の先生のあしらいには〜〜と言いつつ、そう言えば、担任の先生の長〜い昔話を聞いているとき以外、私が1分以上黙っていた時間はなかったな、と(笑)
特に人に話を振っておきながら彼がしゃべっている時に口を挟んでは「ちゃんと人の話をきけ、俺にしゃべらせろ!」って怒られました。
そんな事を面と向かって言われるのも初めてだったので新鮮でした。昔だったら凹んじゃいそうなんですが、彼には何を言われても平気だったし、言われる事が楽しかったです。
イヤ、実は相当飲んでました。
驚くほど全く酔わなかったので、つい度を越していたみたいです。二日酔いも全くナシでした。ちょっと陽気になっただけ(あれだけ社張りまくっていたって事は相当 酔っていたのか?)
なんだか、今から思えば思った以上に傍若無人な態度だったと思います。
最後にお迎えに来て駅まで車で送ってくれた友人のダンナさんにも相当絡んでいたような・・・・・・・ ゴメン・・・・・・
小学校のクラス会は10月に決まったようです。
そのメンバーとも調子に乗って騒いでしまいましたが、次回はちょっと落ち着いて、今回酔っていた事を言い訳しなくては・・・・・・
仲良しのお友だちがそのクラス会の幹事の男子2名を送って帰ったので、きっと三人で悪口 言ってるだろうな〜
(友人のダンナさんが来るまで彼ら3人も一緒に待っていてくれた)
その幹事の男の子は実は私は小学校時代にとても好きだったので、今までクラス会のたびに意識しすぎてほとんどしゃべらないで来ました。なのに、今回は彼にも喋り捲ってました・・・ あまりのギャップに彼も戸惑っていました。 今回のご無礼を詫びたい気もするけど、次回はきっとまた意識しすぎて彼には近づかないと思います(笑)
そう考えると今回の同窓会は本当にお見事にタガがぶっ飛んだ会でありました。
何はともあれ、とても楽しかったです(笑)
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2012/04/26(Thu) 15:45
心配事・・・
Lulu&TAKASE
昨夜、夫の父親の調子が悪いと連絡がありました。
4月9日に退院して2週間あまり、すっかり気弱になっているのか、それとも・・・・・・
入院は肺炎の疑い、と言う事でしたが、他は特に悪い所はなかったはずです。
ただ、年齢が年齢ですし、血圧は高め、糖尿病のおそれはある、との事です。
私の父は末期の肝硬変、父方の祖父母と母方の祖母はガン、母方の祖父は脳血栓、と言うキチンとした病気があったので覚悟がありましたが
実は夫の母親の時も、何がなにやら、と言う状況でした。確か入院して2週間くらいで亡くなった気がします。
その前に「生まれついて心臓に欠陥があった」のだと77歳にして診断された、と言う話しは聞きました。
息切れがする、動悸がする、心臓が苦しい、と。だから「検査入院する」と言う話だったのですが、
その入院中にあっと言う間に悪化して還らぬ人となりました。
ウチの娘は当時中学生で、何があったのか全くわからなかった、気がついたらお通夜だった、と言っていました。
私ですら、何がなにやら、と言う状況だったので娘がそう思っても仕方ないでしょう。
今また、あの時のような状況です。
どこが悪いと言うのでもない。でも、弱っているのは事実です。
それが何かの病気に由来するのなら、その治療があるはずですが、今は自宅にいます。
今回、無事に乗り切ることができても96歳の高齢。何があるかもわかりません。
娘は私の花嫁姿を見てもらうまで長生きして欲しい、と言っていますが、そのためには1日でも早く相手を見つけてもらいたいものです。
昨年は私の母も脳梗塞の疑いでヒヤヒヤさせられたし。
いずれにしても、送る方も送られる方も「そう言う年齢」になってきたのだな、と改めて思います。
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2012/04/09(Mon) 16:33
やれやれ・・・
Lulu&TAKASE
前回のマンモグラフィに続いて、超音波でも検査して、無事 乳癌の疑いは晴れました。
夫の会社の健保からしつこく、再受診するように連絡があったので重い腰を上げたわけですが、結果として何もなくてよかったです。
なんとなく、悪い事があるときって予感がするような気がしていたので、全然 心配してはいなかったのですが(笑)
でも、自分は大丈夫だと言う過信はよくないと戒めておきます。
ただ、私も父と同じで実は「いつ死んでもいい」人なのだと思います。
もちろん、父が本当に自分が53歳で亡くなる事に納得していたかどうかはわかりませんが。
自分が50歳になって、あらためて父の亡くなった年齢は若かったんだな、と思います。
その時母は51歳だったので今の私と大して変わりません。
私はいつも、誰かの気持ちを自分に当てはめて考えようとしてしまう気がします。
今の自分と、今の私の年齢の時の母。今の娘と娘の年齢だった時の自分・・・そんなものを比べてばかりいます。
人の考え方も時代背景も違うのに、比べても仕方のないものなのに・・・・・・
私は父と違って自分は長生きすると思っていますが、でも、なんとなく、自分の身の回りの整理をしなくてはいけない気分になっています。
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2012/04/08(Sun) 16:02
HAPPY BIRTHDAY!
Lulu&TAKASE
今日はお坊ちゃまの 26歳のお誕生日です(笑)
ついにクラ様よりもジュリ様よりも年上になってしまった我が息子。
お昼過ぎにメールを送ったのですが、返事もありません。
今日は日曜だし、お誕生日だし、家族なんかにかまってられませんよね。
男の子なんてそんなものでしょう。
かく言う私もさんざっぱら過保護だの子離れしていないだのって言われてるけど、
こんな時でもないと思い出しもしないんです。薄情なものです。
以前、娘に言われた事がありますが、私は究極、一人きりでも全然 平気なタイプなんだと思います。
「お休みの日には家族揃って何かをするべきだ」と思う気持ちもあります。
でも、それはあくまでも義務感なんでしょうね。
私は家族がそろう休日ではなく、平日、一人で好きな事(それが今は見つからなくて困っているけれど)をしている事の方が好きです。
周りに人がいるとどうしても頼ってしまう、依存してしまう・・・ 本当はそれがイヤなのです。
私は息子とは今の距離感が丁度いいです。
家にいた頃はこの時期だと新歓とかの飲み会で遅くなる事を心配したり、帰ってきてからも体のことを心配したり、それはもう全てが「心配の種」になるので。
しかし、息子も26歳、私と結婚した時のダンナさんの年齢です。
結婚は3月だったので、あと1年近くありますが、でも早く結婚するならしてくれるとありがたいナァ。
娘は全く気配もないのですが、でもおじいちゃんが入院したりした事から、生きているうちに花嫁姿を見せたい、と焦ってきたようです。
なにぶんにも96歳の高齢なので、あと10年待ってとは言えないだろうと。
色々な節目に出会うたび色々、慌しい気になってきます。
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2012/04/03(Tue) 11:21
電気工事
Lulu&TAKASE
息子が家を出て丸1年になりました。電気代がかなり減りました(笑)
なので、契約アンペア数の見直しをすることにしました。
今までは50だったのですが、そこまではいらないだろう、と。
で、今日、その取替えがありました。たかが15〜30分ですが「9時から5時までのどこかで伺います」と言うアバウトなもので待っているのは中々しんどいです。ありがたい事に10時過ぎ、と言う早い時間に済みました。
でも、なんだかんだで今日一日の予定が終わってしまったような気分です。
今日は雨だったのでお昼を食べに戻る娘をたぶん迎えに行くでしょう。そしてまた送っていきます。
送り迎えは実は私は大好きなのです。むしろ遠慮するダンナに腹が立つくらいです(笑)
面倒なのは娘のお昼ご飯。自分だけだったら主婦のお昼なんて残り物でOKなのに。
ただでさえ、嫌いな「野菜」を中心とした献立を考えるのもイヤ。
4月からは完璧、専業主婦なので丸々、娘のお昼ご飯を考えなくちゃいけないのかとユウウツです。
正直、私は家事をしないでいる「大義名分」のためなら朝から晩までの重労働でもいいからしたいです。
本気で家事が嫌い、家事をしたくないがタメだけに外で働きたいです。
何だか、ユウウツになってきた・・・・・・
あ! 今日は一つだけいい事が。工事にやってきた電気会社のお兄ちゃんがメチャクチャ かわいかった(笑)
20歳そこそこって感じだったけど実はもう少し年なのかな〜?
むしろ高校生に見えるくらいだったけど受け答えは上手でしっかり社会人経験ありそう。
中々の好青年で、専業主婦のささやかな喜びでありました(笑)
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2012/04/02(Mon) 12:04
慌しい・・・
Lulu&TAKASE
バタバタしています。夫の父親が昨晩、入院したそうです。
夕方頃、おとうさんの調子が悪いけど、どうしよう?と甥っ子から電話がありました。
うちの市は休日医療関連の体制がしっかりしているのですが、そちらではどうなっているのかわからず、それを調べる事を示唆しました。
その後も あーだ、こーだと何度も電話の繰り返し。
義父は96歳で医者嫌いで頑固です。医者には行きたくないとごねていたそうですが、でも、その義父もついに諦めて大きな病院へ行く事に同意したそうです。ところがいざとなったら布団を引っ被り起きなくなってしまった、と。
その義父を兄嫁と甥っ子で説得してもダメだと言うのです。
もう私たちは甥っ子に「救急車を呼びなさい!」と。
結局、病院に行ったら「肺炎になりかけ」で即入院と言う事になったそうです。
私たちがしつこく言わなかったら、おそらく一晩、我慢していた事でしょう。そして悪化していたに違いありません。
しかし・・・この間のやり取りに私はイライラしてしまっていました。
夫の兄嫁はたぶんそろそろ年金を貰う年くらいです。甥っ子は40を過ぎていますが少々知恵遅れで車の運転はできません。
3人で暮しています。夫の姉が車で15分くらいの所に住んでいますが、この人も兄嫁と同じ年で病気持ちです。
ただ、病気になる前は何事にも実家の事に口を出し仕切っていました。
我が家からは高速を使って1時間ほどの距離です。
うちの夫も、どうしていいかわからず、モタモタ。電話口の横で私と娘が「休日医療の体制はどうなってるの?」とか「もう救急車呼んだほうが早い!!」とか、ワーワーわめいて 仕方なく(?)それを相手に伝えていると言う感じでした。
電話を切った夫に「何をしているの、あなたの親でしょ!!」ってぶちきれている私は何なのでしょう?
正直、私は夫の家族が苦手です。でも、「心配性」だけは人一倍なのです。
「早く何とかしてやれよ!!」って思いも強かったし、連絡したお姉さんの淡々とした(?)態度もアンマリだと思ったし、まず、気の利かない夫に対しても腹が立ちました。
以前、母親が 脳梗塞の疑いがある、と言われた時、取る物もとりあえず大慌てで駆けつけた自分と、あまりに違う夫家族の対応・・・
どっちが普通? って思いました。
しつこいですけど、これでも私がなぜ娘にいつも「思いやりがない」って言われるのか理解できないです。
何はともあれ、病院に入院できたのなら一安心、と思いました。
しかし、お見舞いは次の土曜日にしか行けそうにありません。
・・・そんなものなのでしょうか? いえ、そんなものなんでしょうね。
自分も息子のいる身なのでダンナの態度が息子の将来図だと思っておきます。
今朝、起きてきた夫は、特にお父さんの事に触れることもなく普通に会社に行きました。
私がヒステリックに言う事もないとあえて何も言いませんでしたが、何だかナァと言う感じです。
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2012/03/26(Mon) 16:30
メンドクサイ・・・
Lulu&TAKASE
8月に受けたファミリー健診で乳腺画像で引っかかってしまいました。
でも、まあ、気にする事もないだろうと放置していたら、夫の健保からしつこく、どうなったかの問い合わせがあり
ついには直接電話まで・・・
しかたなく、本日、大きな病院でマンモグラフィの再検査を受けてきました。
しかし、「検査結果は後日」との事で、また4月に出かけなくてはいけません。
ホンット、カンベンして・・・
ここの大病院は以前、神経内科で半年以上お世話になったところで、最後は予約をブッチして勝手に行かなくなっていた所でした。
カルテのPCデータにはさすがに「すっぽかし」とは書いてありませんでしたが、最終予約日に行っていない事は明らかになっていました・・・
だって、以前通っていた時は予約を取って行っても1〜2時間待ちは当たり前、結局診療は5分程度で「とりあえず、薬で様子を見て」でオシマイです。その薬も「眠れない事はない」と言っているにも関わらず、毎回、処方されるし「以前のが残っています」と言っても最後なんて1か月分も処方してくれるし・・・
薬の事はよくわかりませんが「デパス錠」と言ういわゆる精神安定剤のようなんですが、後で調べたら「依存性の高い薬として有名」と書いてありました。
そんな状態だったので、医者通いをやめてしまった経緯があります。幸い、それ以来は あの頃のようにひどいウツのような常態にはなっていません。むしろ、医者通いをやめて正解だったな、と思うくらいでした。
とにかく、前例があるので行きたくはなかったのですが、でも会社の健保から何度も電話が掛かってくるのもメンドクサイ・・・
諦めて今日行って来たのですが、(その前に健診を受けた医者にも行って、この病院の紹介状を書いてもらった) 今回は思ったより診察も早かったし、先生も「まあ、あまり気にするほどでもないと思いますけどね、念のため二人の先生で結果を判断する必要があるので次回もう一度来てください」とのことでした。 何度も何度も・・・メンドクサイ・・・
ありがたいことに4月からはぷ〜の身ですので、「いつでもいいです」と予約を取りましたが。
診察が終わったのは11時半、会計番号は980番でした。30分待って会計が終わったのですが、隣の薬局では処方が済んでいるのはまだ500番でした。
もしも薬が処方されていたら、いったい、何時になっていたのやら・・・
世の中にどれほど多くの病人がいることか・・・ そして申し訳ないけれど、その内、どれくらい無駄な病院通いをしているのだろう、なんて思ったりもします。そりゃ早晩、国民健康保険、破綻するよ、って思っちゃいました。
なんて、自分が何ともないと信じての発言ですが
これでガンが見つかったら、やっぱりこれだから健診は受けておくべきだよ! ってみんなに言うかもしれません(笑)
父親の家系はガン家系なので、自分もいずれは、と言う意識は子供の頃からあります。
でも、いろんな病気が治るようになったおかげで今の死因のトップはガンなのでガン家系も何もありませんよ、と言われました。
ただ、乳がんに関しては、遺伝が非常に関係があるのだそうです。母親や姉妹に乳がんがある場合は気をつけてください、と言われました。
とりあえず、私の周りに乳がんの人はいないので、大丈夫かな?
でも、もしも私が乳癌なんて事になったら、娘や妹に余計な心配を植えつける事になるので、そう言う意味では乳癌でない事を願っています。
いずれにしても、年を取るって本当にめんどくさい事だと思います。
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2012/03/22(Thu) 09:27
何が起こっているのか?
Lulu&TAKASE
つい先日、前向きな(?)コメントを書いたところだったのに、昨日から突如、体調不良です。
胃のモヤモヤは結構、慣れっこの現象なので、まあ、いつもどおりかな、と思うのですが
身体が フワフワします。メマイと言うほど激しい物ではなく、どこか地に足が着かない、常に浮いているような感じ。
気持ちの揺れが身体に出てくるようで、とにかく「気持ち悪い」感じです。
イヤな気分・・・ どんより・・・ 強いて言うなら ウツっぽい感じ。 何もかもがイヤな気分だけれど、いつものように激しく「イヤ!」と叫ぶ余裕もない。
ただただ、鉛を飲み込んだような重い重い気分・・・ 動けない、動きたくない・・・
今朝、娘が家を出る直前、ちょっとした事で娘に突っかかってしまいました。
その気まずさが更に今の気持ち悪さを助長しています。
そう、きっかけは娘のミス(?)・・・心配事でした。
私に責任はなく、もしもそれで悪い結果が出るのなら、それは本当に娘の自業自得だと思います。
でも、私の中に、少しだけ「おかしいな」と思っていた事があり、その時に「アドバイス」していたら、結果は違っていたと思えてしまうのです。
私があの時一こと 言ってさえいれば・・・ と言う自己嫌悪。
そして、それと相反する「今日の出来事」は、娘のために言った一言が、過去に娘を傷つけ、非難を受け、さらに「言わないでほしい」と言われていた言葉だった事。
確かに私はその時、娘の気持ちを考えて、そう言うことを言わない、といいました。
でも、やっぱり私の中で、それを言わない事は娘のために良くないという思いが強いのです。
たぶん、私は今日娘に言った一言を言わないでいて、結果としてトラブルが発生したら、今のように後悔するでしょう。
でも、言ってしまった事に関してもやはり後悔しています。
私が「○○した方がいいんじゃないの?」と言うと娘は「おまえは××しているからダメなんだ」と受け取るのです。
私は極力気をつけて「××ばかりじゃなくて○○することも必要なのでは?」と言ったのですが・・・・・・
これは余計な事ですか?
親として普通に口出しをすることだと思ったのですが・・・ やはり私は娘を否定した事になるのですか?
そもそもなぜ、私が娘を否定していると取るのでしょう?
私は息子が生まれた26年前から、自分の役割は「お母さん」だと信じてきました。
息子に対しても娘に対しても、私は「お母さん」でありたかった・・・・・・
それが親の権力を振りかざすように見えるのか、子供を所有物にして思い通りにしようとしていると見えるのか・・・・・・
私はただ、子供達に幸せになってほしいだけ。
それ以外のものを求める親がいるなんて本気で思っていなかったのに・・・・・・
結局、言っても言わなくても、このモヤモヤした気分、激しい後悔は消えないのだと思います。
子供のため、子供のため、と私は自分の身勝手な思いを押し付けて来たことに過ぎないのでしょうか。
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2012/03/19(Mon) 10:06
春なのに・・・
Lulu&TAKASE
昨日は結婚記念日でした。1984年結婚なので丸々28年が過ぎたことに・・・ 長いですね〜〜〜
まあ、それはさておき(笑)
先週の補習は結局6時過ぎまで掛かりました。
他の補習で遅れてくる生徒が2名。1コマあたり2時間の補習なので4時間はやらなくてはいけないので、当然6時は過ぎます。
私はある意味覚悟はしているのに、当事者が文句タラタラ・・・
ホンット、いったい誰のために苦労してるのよ!! って思います。
確かにこれなら ズルして色付けて無理無理 通してやった方が楽でしょうね。
でも、やっぱり私は自分のポリシーとして(笑)そう言うのは許せない。
だから、そのために苦労するなら、まあ、ある意味 本望なのでしょう。
でも、本気で疲れました。
調理実習は苦労して苦労して安い所をハシゴして食材を買い集めた結果、9000円くらい残りました。
このお金で調理室の備品などを買い揃えておこうとまたまた日曜日に走り回りました。
どうしても欲しかった物だけは買い終わり、残り2000円ほどを何を買うか、また頭を悩ませています。
頑張って良い物を買い揃えたとしても、彼らの扱いはひどい物です。
今年買っていただいたばかりのものも本当に悲惨なありさまです。
正直言って、引き継いだ時には、「古い物ばかり」「ひどい物ばかり」って思いましたが
たった1年で新品だった物でも、そう言う状況になっていたんだとよくわかりました。
この1年、色々ありましたが、自分の思うとおりに授業を組み立てることが出来た事は本当に楽しく充実していました。
授業もプリントも実習も、まさに思い通り!
ただ、生徒の質だけが悪かった(笑) そして、それが致命傷でした。
あと1日、追認テストの採点のために学校へ行って、それで晴れて解放です。
また機会があったら非常勤をしたいと思うでしょうか? それとも今度こそ終りかな?
いずれにしても、長らく続いた身体の不調はかなり良くなっているし、様々問題山積みの家庭内での争議も改善の見通し?なので何かお仕事はしたいと思います。
「資格」を取るための勉強を始めるのもいいかもしれません。
暖かくなってきたので、かなり前向きです。
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